海の旅と歌
「あぢまさの島」は遠く南方の積榔樹茂る常夏の島、さけつ島も現実の視野の中の島ではありません。
こうしてみるとこの歌は、万葉集にも見ることのできない、実に広大無辺で海に対する積極的な意慾に富んだ海洋的国見の歌です。
陸封された大和国原の国見歌だけではなくて、こんな海の国見歌のあることを、日本人の伝承のために喜ばしいと思います。
万葉集巻六には、神社の忌寸老麻呂の
直越えのこの道にしておし照るや難波の海と名づけけらしも
・・・という歌があります。
生駒山から見て「芒照るや難波の海」という古い難波のほめことばは、こういうところから発せられたのだろうと感じている歌です。
しかし、老麻呂の心にはきっと、あの仁徳天皇にからむ海の国見歌の雄大さが動いていたにちがいないでしょう。
宮廷猿にとり、、まれた海人部の伝承は、かなりの量のものであったと思われます。
その中でひとつ、麻続王に闘する伝えと歌をあげてみましょう。
麻統王の伊勢国伊良虞の島に流さるる時、人、哀しみ傷みて作る歌
「うつ麻を麻続王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります」
麻続王、これを聞きて感傷して和ふる歌
「うつせみの命を惜しみ浪にぬれ伊良虞の島の玉藻刈りをす」