国際条約としてのガット 3
第二次世界大戦後の世界経済の再建構想は、アメリカの強いイニシアティヴの下に、
(1)為替の安定と為替制限の撤廃
(2)復興開発資金の供与
(3)自由貿易体制の確立
この三つを軸に、それぞれについて看視の役割を果す強力な国際機関を設けることを目標に進められました。
このうち前二者については国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(IBRD)として具体化されたものの、第三の国際貿易機構についてはその草案である国際貿易憲章(ハバナ憲章=ITO)が作成されたものの、参加各国の批准をえるにはいたらず、流産に終ってしまいます。
その直接の理由はハバナ憲章の主唱者であるアメリカにおいて議会の激しい反対に遭遇したからであり、
「ハバナ憲章を議会が批准すれば行政府の権限が非常に拡大され、同時に国際条約をたてに議会の行動に制約を加えられることに対し、米国議会が神経過敏であったため」です。
大統領と議会の対立という伝統的構図が、国際貿易機構を推進したのがアメリカであれば、同時にそれを潰したのもアメリカであるという、パラドキシカルな状況を招いたのです。